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【日本語訳】イギリスのアルコール飲料最低価格政策導入の検討について

以下の論文を日本語訳しました。(担当:長嶺由衣子)

John Holmes et al. (2014) Effects of minimum unit pricing for alcohol on different income and socioeconomic groups: a modeling study, The Lancet: http://dx.doi.org/10.1016/S0140-6736(13)62417-4

原文:http://press.thelancet.com/minimumalcoholpricing.pdf

【Summary】

背景:現在、複数の国でアルコールの最低価格制度の導入が検討されているが、一方で低所得飲酒者への潜在的影響が懸念されている。John Homes氏らは、アルコール飲料に含まれるアルコール量1単位(純アルコール換算で8gまたは10mL)につき0.45ポンドの最低価格政策が英国に導入されると仮定した場合に、収入や社会経済的階層別の政策効果を評価した。

方法:最低単位価格政策を評価するため、因果関係を示し、決定論的かつ疫学的なモデルであるシェフィールドアルコール政策モデル(Sheffield Alcohol Policy Model: SAPM)Ver 2.6を使用。SAPMを使用することにより、収入、社会経済階層を含むサブグループ別のアルコール購入、消費傾向を説明することができる。購入の傾向はアルコールの種類や量、金額やバーなどで飲む時の値段と自分で店で買うときの差などに左右される。価格弾力性を9年間のデータから推測し、感度分析をalternative elasticitiesにより行った。我々は以下の3つの飲酒群ー適度飲酒者、危険飲酒者、有害飲酒者ーに分け、政策がもたらすそれぞれへの影響評価を行った。また、社会経済階層についても肉体労働、中間、管理・専門職のサブグループ別に評価した。最低価格政策がアルコール消費量、アルコール支出額、アルコールに関連する罹病率・死亡率、アルコールに関連する罹病・死亡に伴う機会費用などに及ぼす影響・効果をサブグループ間で評価した。罹病率・死亡率と機会費用は政策施行後10年間にわたって推定。社会経済的階層間による罹病・死亡リスクの差異を説明するため、ベースラインの罹病率・死亡率を調整した。

結果:SAPMモデルにおける0.45ポンドの最低価格政策の導入により、全体として1.6%のアルコール消費量の減少(-11.7単位/飲酒者/年)が即座に認められた。適度飲酒者は消費量においても支出額においても最も影響を受けなかった(消費量:5分位での最低所得者層 -3.8単位/飲酒者/年 vs 5分位での最高所得者層 -0.8単位増加、支出額:0.04ポンド増加/年 vs 1.86ポンド増加/年)。最も行動に変化が見られたのは有害飲酒者(消費量:-3.7%もしくは-138.2単位/飲酒者/年、支出額:4.01ポンド減少)であり、中でも再富裕層(-1.0%もしくは-34.3単位、16.35ポンド増加)に対し最低所得者層(-7.6%もしくは-299.8単位、34.63ポンド減少)で顕著であった。この政策による健康への利益も社会階層間で差がある。最低所得者層のサブグループ(標本母集団で41.7%を占める肉体労働者世帯)では81.8%の早期死亡が抑制され、87.1%のQALYs(質的調整生存年)の改善が認められた。

考察:収入に関わらず、適度飲酒者ではSAPMにおける最低価格政策ではほとんど影響を受けなかった。有害飲酒者で最も影響が認められた理由は、低所得者層における有害飲酒者は他の階層に比べ、0.45ポンドと設定された最低価格以下のアルコール購入数が多いことが挙げられ、この政策による影響が最も大きいことが考えられる。しかし一方で、この層での著しいアルコール消費量の減少により、罹病率や死亡率の減少といった実質的な健康利益があることもわかった。

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 【Introduction】

アルコールに対する最低価格政策は複数の国で検討されているが、スコットランドでは既にこの政策が議会を通過し、施行待ちの状態である。この研究の目的は、この政策を施行することにより消費、収入、社会経済階層別にどのような潜在的影響があるのかを推定することである。カナダで既に行われている最低価格政策においては、アルコール関連死と入院が減少することが示唆されており、イギリスのSAPMでも適度飲酒者よりも重度飲酒者により影響を及ぼすことが示唆されている。これらの結果からはアルコール消費と支出の変化はわかるものの、健康影響までは評価されていなかった。しかし、アルコールの健康に対する悪影響を最も被っているのは最低所得者層であり、この政策から最も良い健康影響を受けるのは彼らであると言える。政策の公平性を論じる際、単に支出と消費のみならず、こうした視点も盛り込むべきである。

【Methods】

研究デザイン・データソースSAPM version 2.6では、元々イギリス政府が行う予定であった2014-2015に行ったものとして仮定して2つのサブグループ(世帯収入別の5つのサブグループ、職業による社会経済階層別の3つのサブグループ)に分けて政策評価を行った。2009年英国GLF(General Lifestyle Survey)より、16歳以上の成人10588名のデータからアルコール平均消費単位/週、調査をした週における最多アルコール消費量/日データを収集。これらのデータから飲酒者を3つのグループに分けた:適度飲酒者(男性:≦21単位/週、女性:≦14単位/週)、危険飲酒者(男性:>21-50単位/週、女性>14-35単位/週)、有害飲酒者(男性:>50単位/週、女性:>35単位/週)。GLFには価格や購入地の情報はなし。さらに、16歳以上の世帯構成員の2週間の支出が記録されている英国LCF(Living Costs and Food Survey)から、2001年から2009年における46,185名の227,933アルコール購入データを収集。GLFとLCFから年齢、性別、アルコール消費量を用いて54のサブグループを設定。さらに収入別もしくは9つの社会経済階層によって分類した。

【Modelling】

以前のSAPM評価では、LCFデータその他による弾力性の交差分析が行われていたが、今回のSAPM version 2.6においては、縦断分析が必要になる。しかし、個人レベルでの縦断データがなく、購入の中身の変化や価格の変化について明らかにすることができなかった。そのため、2001年から2009年のLCFデータを用いて、Table1のような疑似パネルデータアプローチを用いて分析することとした。この方法では、年月を経ても大きく変化しない指標(生年月日、性別、社会経済階層など)を用いて、72のサブグループに分けることができる。これを用いることでLCFの2001-2009データから一週間の購入レベルや価格などの縦断分析を行うことができる。このアプローチは、今まで他の製品に対しては使用されたことはあったが、アルコールに対して今回初めて利用された。これらのデータから、飲食店や小売店で購入された10カテゴリーのアルコール飲量の購入量および購入額を算出した。(p.2 Table1価格変化と購入変化(消費量の変化を表す)の関係を説明する10×10の自己価格弾力性・交叉価格弾力性マトリックス)。疑似パネルデータアプローチを用いたことにより、SAPMで分析した以前のデータと類似したデータを得ることができた。最低価格による影響を推測するモデル作成のため、小売価格として上乗せされる金額は控えめに推定した。未来の推測は2009年のデータをベースラインとして行った。LCFデータでは、個人の飲酒セッティングの調査がないため、効果測定は3つの消費サブグループ別に間接的に線形最小2乗回帰法を用いて行った。消費の変化が罹患率や47の急性または慢性アルコール関連疾患に及ぼす影響についても評価した。部分的にアルコールが関与していると思われる慢性疾患(肝癌など)については、アルコール平均消費量に関連する健康影響を評価。同様の急性疾患(交通事故など)については、1日の最多飲酒量にて評価。ほぼ完全にアルコールによる慢性疾患(アルコール性肝障害など)、急性疾患(アルコール中毒など)については、1日の平均もしくは最多飲酒量にて評価した。

【Model parameters adjustment】

世帯収入による5分類、National Statistics Socioeconomic Classification(NS-SUC)による9つの所得階層を用いて分析した。ONS(Office of National Statistics)によるNS-SECデータは全く働いた事がないもしくは長期に雇用されていない人、欠損データカテゴリーがないため、NS-SECのグループを便宜的に以下の3つに分けて記載した。「管理・専門職」、「中間層」、「肉体労働者」。上記2つのカテゴリーは「肉体労働者」に分類された。GLFでアルコール消費量が低く申告されている可能性も考慮し、感度分析も行っている。

【Role of the funding source】

スポンサーは研究デザイン、データ収集、データ分析、解釈、論文執筆に一切関与していない。

【Results】

Table2で、所属の5分位で評価した結果が示されている。アルコール消費量/週は最高所得者層で38%最低所得者層に比して高い。最高所得者層では危険飲酒者、有害飲酒者を合わせたパーセンテージは33%であり、最低所得者層の16%に対し高い。貧困層の有害飲酒者は富裕層に比しより多くのアルコールを飲んでいる。Figure1では、0.45ポンド以下のアルコール購入量を収入5分位別に示している。適度飲酒者は0.7単位/週、危険飲酒者は5.3単位であるのに対し、有害飲酒者は30倍以上の消費量であった。有害飲酒者の中でも最低所得者層は40.6%を占める30.8単位であるのに対し、最高所得者層では20.3%にとどまる13.6単位であった。全ての所得層において、0.45ポンド以下のアルコールは99%以上がoff-tradeでの入手であった。この調査によると、全体として、0.45ポンドの最低価格政策を施行した場合、-1.6%アルコール消費量が減少すると予想される(Table2, Figure2)。アルコール消費量の減少は適度飲酒者に比べ危険飲酒者や有害飲酒者でより顕著であるという結果の不均一性が起こっている。上位2つの所得層ではアルコール消費量の減少は-1%以下にとどまる。感度分析を行っても同様の結果が認められた(Figure2, appendix)。全体の消費量減少の内の74%は有害飲酒者である人口の5.3%のみに起こる。彼らのうち66.7%を下の2つの所得層が占めている。最低所得者層では年間35ポンドのアルコール購入額の減少(ベースラインは2685ポンド)が認められるのに対し、最高所得者層では16.35ポンドの増加(ベースラインは2751ポンド)が予想される。適度飲酒者では最低所得者層で0.04ポンドの増加、最高所得者層でも1.86ポンドの増加とほとんど差が見られなかった。社会経済階層別では、中間層以上に比べ肉体労働者でアルコール消費量の減少が顕著に認められた(Table3)。政策施行10年後の推測では、最低価格政策による健康影響も示されている。どの項目においても、他の階層に比べ、「肉体労働者」で2倍以上の良い健康影響が認められた。彼らは標本人口の41.7%のみであるが、彼らの階層で全体の80%以上の死亡や入院の減少、QALYsの改善といった良い影響が見込まれる。最低価格政策によるアルコール消費量の減少や健康改善から得られる経済効果は26億ポンドと推計されている。有害飲酒者におけるアルコール関連死は、他の階層に比べ肉体労働者で6倍以上の減少が予測され、QALYsの改善は10倍と見込まれる。従って、アルコール消費量の減少自体は肉体労働者で他の階層に比して4倍にとどまるが、特にアルコール関連疾患の罹患率で顕著に見られるように健康への恩恵は最もこの層が受けると考えられる。

【Discussion】

この政策評価によると、最低価格政策の導入により、消費、収入、社会経済階層により異なる影響を及ぼすことが予想される。上記の結果から、この政策は健康の不平等を是正する一助となる可能性がある。また、アルコールの種類別の交叉価格弾力性の検討から、低所得者層は価格の上昇に対しての対応力が低いのと同時に、ある種類のアルコールの価格上昇に対して種類を変えるということもあまりしないことが予想される。今回の調査の限界としては、最多アルコール消費量/日が間接的なデータであること、そして政策による副次的な影響を評価できていないことである(例:アルコールの非合法売買の増加、市場の再構築など)。また、社会階層別の健康影響を評価するために用いたベースライン調整では個人の罹患率ではなく全体的なデータを使わざるを得なかったため、正確に社会経済階層別のデータとなっていない可能性がある。最近のメタ分析データでは、例えば肝硬変などで罹患率と死亡率のカーブに差が出てきている。今回のSAPMでは同等のメタ分析は不可能であった。他の設定でも両者に差が認められるというエビデンスが出てくれば、こうしたモデルもSAPMに取り込める可能性がある。カナダの最低価格政策による影響を見ると、今回の論文における結果はかなり低めに見積もっており、より大きな効果が得られることが予想される。SAPMへの批判はアルコール業界や自由市場を求めるシンクタンクから出てくると予想される。SAPMの主な強みは、様々なサブグループにおける様々な影響予測を提供できることである。全体として、適度飲酒者は収入の有無に関わらず最低価格政策からほとんど影響を受けず、最も影響を及ぼすのは有害飲酒者である。政策決定者は、最低価格政策がもたらす低所得者層の有害飲酒者に対するアルコール消費量の低下と健康の改善の関連性を考慮すべきである。

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